10年後に切腹を言い渡された、元藩の要職の男。
残された時間で与えられた役割は家譜編纂。
藩内で刃傷沙汰を起こしたが、切腹を逃れその男の監視役を
任された男。二人が家譜編纂を通して掴んだ事実とは・・。
又、なぜ男は切腹をしなければならなかったのか。
「蜩の記(ひぐらしのき)」は歴史小説というジャンルだが、
事件を紐解いていくサスペンスの要素や、
人としての生き方、男としての生き方、
武士としての生き方とは何かと考えさせられる哲学的な要素も
含まれていて、非常に内容の濃い作品だった。
文中には難しい表現が多々あったり、登場人物やその関係性が
複雑で分かりづらい部分もあったが、それはそれで味があるし、
この作者は歴史に関して非常に深くまでリサーチされているんだなと
感じた。さすが直木賞受賞の作品だと思う。
その中から心に残った文章を抜粋すると、
「口に出せば愚痴になりましょう。志を果たしたと思うのなら、
源吉のように笑っておればよいのです。」
これは、武士は志があって行った事に対して後悔の念ではなく、
そのことに対する誇りを持ちなさいということだと感じ取れる。
「人は心の目指すところに向かって生きているのだ。
心の向かうところが志であり、それが果されるのであれば、
命を絶たれることも恐ろしくはない。」
命が燃え尽きるまで、真剣に物事にたいしてぶつかっているのか?
人は「覚悟」を持ったときに輝いていく。そういうメッセージだと捉えた。
さて、じぶんの「いのち」は何の為に在るんだろうか?
一読の価値あり。
old fashionedかもしれないけれど、日本人が思い出すべきことを
再確認させてもらえた。
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